黒葉『お父さん!こんなところにいたの? 最近 家に帰ってないみたいだけど、また浮気でもしてるんじゃないかって疑われるわよ。』
黒兵衛『黒葉、最近の江戸のようすがおかしいとは思わないか?』
黒葉『うん?そう言われれば、なんだか元気のない人が多いような… 黒亜姉さんがまた何か悪さでもしてるのかしら?』
黒兵衛『いやそういうのとは違う気がするんだが…とにかく何かありそうだからもう少し調べてみる。お母さんには浮気じゃなかったって知らせておいてくれ。』
黒葉『フフッ…わかったわ。』
黒兵衛『(今日も収穫なしか…狐のところにでも寄ってみるか)』
お玉『あっ、からすのおじさん!』
黒兵衛『あれ?お玉ちゃんか。お母さんはいるかい?』
おこん『あら珍しい、烏の頭領が狐の棲家に。』
(積もる話あれこれ…)
黒兵衛『ところでおこん、おまえさん最近江戸のようすがおかしいと思ったことはないか?』
おこん『さあどうだろうか、あたしら狐は烏や狸ほど町や人間には興味がないからねえ。で?なんかあったのかい?』
黒兵衛『ああ、まだわからないが何かが起きている。おこん、いざというときは力になってもらうぞ。』
黒兵衛『それじゃあ、才右衛門くんによろしく。お玉ちゃんまたね。』
おこん『町のことなんかで駆けずり回って…相変わらずよくわからない男だよ。』
烏(壱)『カァーカカカー』
烏(弐)『カッカカカカー』
烏(参)『カッカッカァー』
黒兵衛『カァーカカカカー(みんなありがとう)』
茶太郎『なにか分かったかな?黒兵衛さん。』
黒兵衛『あっ茶太郎さん、はい、品川の先で妙な妖気が漂っているのを見た者がいたので、ちょっと行ってこようかと思います。』
茶太郎『そうか、今日こそ一杯付き合ってもらおうと思って来たんだが、それじゃあまた今度だな。』
黒兵衛『すみませんいつも付き合いが悪くて。』
茶太郎『いやいいんだよ。じゃあ黒兵衛さん、この一件が片付いたら、才右衛門くんと弥太郎くん、あと藤四郎くんも誘って一杯やりましょう。』
黒兵衛『(このあたりか… ん?あれは)』
黒兵衛『しばらくだったね太郎さん。どうしたんだい? 元気がなさそうに見えるけど。』
浦島太郎『ああ、薬売りの黒兵衛さん… 』
黒兵衛『どこか悪いのかい?教えてくれたらなにか薬を出すよ。』
太郎『いえ、大丈夫です。』
黒兵衛『そうか… そういや、噂で聞いたんだけど近ごろ嫁さんを貰ったらしいね。おめでとう太郎さん。
太郎『はあ、どうも… 』
とてもきれいな嫁さんだそうじゃないか、なのになんでそんなに浮かない顔なんだい?』
太郎『…それが、うちの…うちの嫁、鬼なんです。』
黒兵衛『鬼?ははは、なんだもう尻に敷かれてるのか。しっかりしなよ太郎さん。』
黒兵衛『そうだ… この胃薬はお祝いの代わりだ、取っといてくれ。』
太郎『ありがと… あれ? 黒兵衛さん?』
乙姫『太郎ちゃん、こんな時間までどこをほっつき歩いてたんだい!市場へはちゃんと行って来たのかい? まさか今日も魚が釣れなかったなんて言わないだろうね(いけないいけない、またちょっと言い過ぎたか)… すぐご飯にするよ。』
黒兵衛『(間違いない、この辺りの妙な妖気はあの女からだ。鬼? 太郎さんの言ってることも嘘ではないかもしれないな。町の一件もあの女が関わることなんだろうか… )』
乙姫『ん? なんだいさっきから、いやなからすだね… 』
乙姫『じゃあ太郎ちゃん、今夜もちょっとばかし出かけてくるから。』
手相見の女(乙姫)『それじゃあ奥さん、この手相ここをちょっとだけ変えてあげるからね。… ほら、これで奥さんはいまから心も体も力が抜けて毎日幸せな気持ちでいられるようになるんだよ。でもそれは七日の間だけ、七日過ぎたらまたここに来ておくれ、そしたらまたあたしが手相をちょこっと変えてもっともっと幸せな気分にしてあげるから。いいかい?』
黒兵衛『これか…やっと見つけたぞ。黒葉よく見てみろ、あの手相見の女、無料で手相を見るとか言って人気になっているようだが、実は妖術で人を気持ちよくさせる代わりに生気を抜き取ってやがるんだ。しかしまさかとは思ったがありゃ間違いない、あいつ… 』
黒葉『あいつって?知ってるひと?』
黒兵衛『おい乙!しばらく見ないと思ったらまたこんなことをしてやがったのか!』
乙姫『そのうち誰かに見つかるとは思っていたけど…これはびっくりだ。からすの頭領、黒兵衛じゃないか。』
黒兵衛『乙!おまえたしか悪さが過ぎて海の底へ追いやられたんじゃなかったのか⁉︎ 』
乙姫『(こんなに髪を乱しやがって!相変わらず無神経だよこの男)もうずいぶんと時間が経ったからねえ… 百年だよ、神も仏もあたしのことなんか忘れちまったさ黒兵衛。
第一いまのあたしは悪さなんかしちゃいないつもりだよ。人間の生気をちょっとずついただいてるだけだもの、これは鬼なんだから当たり前のことじゃないか。あんただって鬼が魚や味噌だけで生きていけると思ってるわけじゃないだろ。
人を喰らわないだけ昔よりましだろうさ。それにいまは太郎ちゃんという人間の旦那と仲よく暮らしているんだ、悪いけど邪魔しないでおくれよ黒兵衛…頼むからさ… ってよく考えたら、あんただってそれはそれは古い妖怪じゃないか!昔はさんざん人間とやり合ってたくせに、よく人(鬼)のことが言えたもんだね。』
黒葉『そうなの?お父さん!』
黒兵衛『…とにかくもうこんなことはやめるんだ。乙、いまはこの江戸の人間と妖怪を守るのが俺の仕事なんだ。』
乙姫『フッ…おやおや…あたしも歳をとって変わったとは思うけど、あんたもずいぶん変わっちまったねえ黒兵衛… 腹が出ただけじゃなくてさあ。』
黒葉『ププッ…(よく知ってる!)』
乙姫『まあこうなりゃ仕方がない、妖怪同士だ、やり合うしかないよねえ。でも、お互い歳をとったとは言っても鬼と烏だ、どう考えたって覚悟するのはそっちだよ黒兵衛!』
黒兵衛『(…ここで乙が巨大化したら死人が何人も出るぞ…早くなんとかしないと)』
乙姫『 !(太郎ちゃん? なんで太郎ちゃんがここに… まさか後をつけてきた?) 』
黒兵衛『(なんだ?乙の様子がおかしい)』
乙姫『フフッ…まだ妖気が足りてなかったようだねぇ…あたしの負けだ、好きにしな黒兵衛。』
太郎『やめてくれっ!黒兵衛さん!』
黒兵衛『太郎さん!どうしてここに(変身を見られた⁉︎)』
太郎『乙は鬼だ…でも、いまは僕の嫁なんだ。お願いだ黒兵衛さん、乙には毎日僕の生気を食べさせる。もう二度とこんなことはさせないから、許してやってくれ!』
黒兵衛『なんと… 』
乙姫『た、太郎ちゃん… 』
【その後】
乙姫『ほら見て、太郎ちゃんの生気のおかげで昔みたいに肌がツルツルになってだんだん若返ってきたよ!もうおしろいもいらないかなあ、ありがとうね太郎ちゃん!』
太郎『しょれは…ょかった…ぁ…ぁ… 』
父『なあ黒葉、なんであのとき乙は巨大化しなかったと思う?ふつう鬼が大きくなって戦えば、なかなか勝てる者も少ないのだがな… 』
娘『んー、海から陸に上がって妖気がまだ足りてなかったっていうのは本当だったのかもしれないし、あとは…あのとき太郎さんが目に入ったから、傷つけないように?どっちかでしょ? 』
父『うん…そうだなあ。 でももっと違う理由があったのかも… 』
娘『違う理由ってなあに? あっ、ところでお父さん、あの乙さんっていう鬼と昔なにかあった?』
父『なにかって?なんだ?…なにもあるわけないだろ。なんだよその目は。』
娘『ふーん…いやただなんとなく。よく見たらけっこう綺麗な鬼だし…なんとなく… お母さーん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどぉー 』
以下おまけです。
乙姫『どうだい?釣れそうかい太郎ちゃん。もうそろそろお昼にする?』
太郎『ああ、もう少しだよ乙。』
亀きち『ええーっ!考えられない…あの二人がうまくやってたなんて。海も不思議なところだけど、陸もなんかすごいな… 』
《終わり》
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