【九尾の才右衛門登場!】
おばば(江戸一番の霊能者)『おやどうしたんだい?なんだか顔色が悪いね。』
町娘の幽霊『はい、昨日からなんだか気も体も重くて… 』
おばば『おや、体が重いわりにはよく浮いていられるねえ。でもまあしょうがないさ、この季節じゃまだ幽霊の需要も少ないから、みんな気が滅入って具合が悪くなるのもわかるよ。知り合いの町医者のところにでも行ってみるかい?幽霊でも妖怪でもなんでも診てくれる良い医者だから。』
おばば『こんにちは才右衛門さん。』
才右衛門『これはおばばさま、今日はどうしました?腰ですか?』
おばば『今日はあたしじゃないんだ。この娘なんだけどね、体も気も重いって言うからちょっと見てくれないかね…』
才右衛門『そうですか、それじゃあまず顔の色具合から見てみましょう。ちよっとあごを上げてみてください。』
才右衛門『おお、これは驚いた。』
幽霊『あの…なにか?』
才右衛門『これは失敬、いやこんなに美しい女の人はあまり見たことがないなと思いまして。』
才右衛門『あれ、消えた… 患者さんどこへ行ったんでしょう。』
おばば『うん、成仏したみたいだねえ… あの娘の心の内はもう分からないけど、この世で未練を思う必要がなくなったんだ… ともあれさすが才右衛門さんやっぱり名医だ、はっははは!』
才右衛門『いやそんな。』
おこん『あんた、調子に乗ってんじゃないよ。』
【才右衛門診察その2】
ろくろっ首のお菊『先生、寝違えちゃって首が痛いんです。』
才右衛門『どの辺かな?』
お菊『首の後ろの方です。』
才右衛門『だからどのあたり?って聞いてるんです。』
お菊『…先生、怒ってます?』
のっぺらぼうのお鶴『先生、あたしのお薬また坐薬ですかぁ?』
才右衛門『そんなこと言ってもあなたの場合は仕方ないでしょ。』
お菊『先生やっぱり怒ってるわ。』
【才右衛門診察その3】
から傘おばけ『先生!破れちゃったよ!』
才右衛門『これは大変だ、皮膚の移植手術が必要だな。お玉、そこの赤い紙を二枚取ってくれないか?』
お玉『これね』
【才右衛門診察その4】
才右衛門『明日になれば痛みも引きますよ大女将。』
大女将『ありがとう先生。…先生だけだよ、あたしの背中を見ても怖がらないのは。』
才右衛門『そうですか?まあ仕事ですから。』
【才右衛門診察その5】
才右衛門『これは「しもやけ」っていうんだけど、初めてなったの?』
雪女『はい先生。』
才右衛門『じゃあよく効く軟膏を出しますから毎日塗ってみてください。』
雪女『よかったわ先生 』
雪女『ウフフッ 』
才右衛門『ウフフはダ…メ 』
【才右衛門診察その6】
才右衛門『うさぎさん、今日はどうしましたか?』
恐怖の妖怪黒うさぎ『近ごろなんだか胸がどきどきするんです、せ・ん・せ・い… 』
才右衛門『そ、そうですか、それは大変、ちよっと見てみましょう!』
おこん『ただいま。あら黒うさぎ、またうちの亭主をたぶらかしに来たのかい?
黒うさぎ『そんなあ、おこんさん… 』
黒うさぎ『あら!なんだか不思議、治ったみたい。』
黒うさぎ『それでは先生またよろしくお願いします、ごきげんよう。』
おこん『まったく… ちょっとあんた、鼻の下のびのびだよ。』
【才右衛門診察その7】
おこん『あらあんた、往診なんて珍しいわね。』
才右衛門『ああ、座敷童が熱を出したらしい。』
おこん『それは大変、行ってらっしゃい。』
才右衛門『この薬で心の臓も落ち着くでしょう。薬がなくなる前にはまた誰か使いをよこしてください。』
犬神一家の親分『私を診たなんてことが奥さんに知れたら大変なのに、悪いね先生。』
才右衛門『いいえ、私は医者であなたは患者、それだけのことです。何も気にしないでください犬神さん。』
犬神『でも帰ったら匂いでバレないものかな?』
才右衛門『大丈夫ですよ、帰りに座敷童のところに寄って帰りますから。私、あの子とはとても仲がいいんです。ハハハ… 』
※遠い昔、おこんの家と犬神一家は縄張り争いのため戦った歴史があり、今でもあまり関係が良くないのです。
【才右衛門診察その8】
才右衛門『睡眠不足?ですか、藤四郎さん。』
白蛇の藤四郎『ええ、今年は暖かすぎて、しっかり冬眠ができなかったんです。』
才右衛門『そうですか、それじゃ薬を… ん? 誰か来た。』
鬼『お願いします先生!うちの亭主がひどい腹痛で!』
才右衛門『それは大変だ、急ぎましょう。藤四郎さん、薬は飲み過ぎないように、それじゃ!』
藤四郎『へえー…あれが風神の奥様か…こりゃ珍しいものを見させてもらった。』
【才右衛門診察その9】
おこん『これは犬神の親分さん、手下も連れずにお一人で… まさか和解の申し入れ、ですか? 』
犬神一家の親分『あの戦いからもう百年経った… 最後のいざこざでも十五年も前だ、どうだろうこのへんで、いや何も仲良くしようというんじゃないんだよおこんさん、この江戸ではもう犬と狐の争い事はないのだとそう確認したいだけなんだ。そうすればお互いの若い衆も気が楽になるだろうと、そう思ったんだが。』
おこん『まあ親分さんがわざわざ来られてそういう話をして下さるなら、私は構いませんよ(この匂い、お土産は日本橋の高級お揚げみたいだし)。江戸も昔と違って大きくなりすぎて、多くの狐が山に引っ込んじまいましたからねえ。今となっては… 江戸に暮らす犬の数を考えたら、どっちみちこちらの負けですよ。』
犬神『いやいや、おこんさんの強さは知っていますから。あなた一人で、うちの半分はやられますよハハハ。それでは、そういうことで… あ、そうだ、ここは隣に診療所を開いてるんでしたね。私、最近ちょっと心の臓が悪くて、ついでと言っちゃあ何ですが診てもらってもいいですかね。』
才右衛門『あ、ああはい、私が医者の才右衛門で…さあこちらへ。』
おこん『(時々往診に行ってたくせに…私が気づかないわけないだろ)』
【才右衛門診察その10】
おこん『どうしたのあんた、さっきからしんみりしちゃって。』
才右衛門『うん、今日は患者が一人もこなかったんだ。みんな調子が良くなったのかなと思ってね。』
おこん『あらそう、それは良いことじゃない。ねえたまには一緒に飲もうか。』
才右衛門『いや、今日は一人で飲みたいんだ。』
おこん『…あんたって優しいのか冷たいのか、いまだにさっぱりわからないわ…ねえお玉。』
《終わり》
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